こんにちは、画像診断医かずです。
今回は灘校に通うデメリットということで、実際に入学・卒業していないと分からないことを色々と書いてみたいと思います。
あの天下の灘校を入学・卒業することにデメリットがあるの?なんて思われるかもしれませんが
やはり周りがすごすぎたり、大体何をやっても許されたりという特殊すぎる環境で思春期をすごすというのは、それなりに色々あるもので
気になった方は是非最後まで読んでみてください。それではさっそく見ていきましょう。
高い期待値
灘校卒だから~とか余裕なんじゃない?みたいな
まず、社会に出てから最も頻繁に直面するのが、周囲からの「異常に高い期待値」です。
灘校を卒業しているというだけで、世間からは「何でもできる万能の天才」か、あるいは「AI並みの処理能力を持つ頭脳の持ち主」であるかのような目で見られがちです。
例えば、ちょっとした飲み会の会計や、仕事での数字の計算のとき。
灘卒というだけで「ほら、計算一瞬で出してよ」という謎の空気になります。
しかも合っていて当然、暗算が少しでも遅れたり、ましてや間違えたりしようものなら、「あれ、灘なのに?」という冗談混じりのツッコミが入ります。

別にいいのですが、たまにうっとうしく思う時もあります。
英語に関しても同様です。「灘なら英語なんてペラペラでしょ?」とか「論文なんて辞書なしでスラスラ読めるんでしょ?」と勝手に思われます。
この他にも歴史や文化、ひいては音楽まで知らないことがあると何故か「え!」みたいな雰囲気が流れます。

こっちが「え?」って言いたいくらいです。灘ハラですよ。
数学はともかく、その他の科目に関してはもっと優秀な人が沢山いると思うのですが、本当に人のイメージというのは勝手なものです。
でも一番恐ろしいのは、仕事の現場における評価です。
人間、誰しも新人時代は仕事ができませんし、ミスもします。
しかし、普通の人なら「新人だから仕方ないね」で済むミスも、灘校を卒業したというだけで「灘のくせに段取りが悪い」「勉強しかできないタイプか」といった、大きなマイナスにつながることも・・・
知名度や期待値が、マイナス方向へのブーメランとして返ってくるというのは、卒業後も長く付きまとってくる明確なデメリットと言えるでしょう。
社会への順応の難しさ
僕も苦労しました
2つ目のデメリットは、大学進学や社会進出によって「外の世界」に出たときに起こる、アイデンティティの危機とコミュニティへの順応の難しさです。
以前から書いていますが、灘校の美徳の一つとして、「圧倒的な自由」と「多様性の許容」があります。
どんなに突飛な趣味を持っていても、どれだけ性格が尖っていても、誰もそれを否定しません。

例えば前髪がずっと目にかかっていても、毎日同じ色の服を着ていても、面白がって突っ込む人はいるものの、バカにしたりいじめられたりなどはありません。(実話)
そのため、校内には本当に、良い意味でも悪い意味でも「変な人」が溢れかえっています。
しかし、この環境が当たり前という状況から、大学生活や一般社会という「ルールや同調圧力が存在する世界」に突然放り出されるとどうなるでしょうか。想像してみてください。
6年間、自分の奇抜さやマイペースさを100%許容されて育った人が、急に「空気を読むこと」や「周囲と足並みを揃えること」を求められる環境に行くと
当たり前ながら周囲から浮いてしまいます。
それでも何とか適応できればいいのですが、上手になじめなかったり、アイデンティティの喪失が生じたりすると、結構大変なことになります。
実際、僕の知人にも、大学生活や社会人になってからの環境に馴染めず、休学したり、病んでしまったりした人が少なからずいました。

社会に適応できる・集団の中で普通に暮らせるというのも、それはそれで立派な能力なのです。
女子への恐怖
また、これの派生として「女子への免疫が皆無」という問題も無視できません。
というのも、多感な中高6年間をむさ苦しい男子だけで過ごすため、女性との適切な距離感やコミュニケーションの方法が全く分からないまま大学に突入することになります。
もちろん、全国の男子校生が同じ条件なのですが、それが灘校となると
ただでさえ個性が爆発しているのに加えて、女性との距離感が全く分からない。絶望的です。
僕自身、大学に入ってから、女性とうまく話せなかったり、逆に距離感を間違えて衝突してしまったりするエピソードは枚挙にいとまがありません。
まあ、社会への適応も、女性との接し方も、時間とともにゆっくり解決されていくことではあるのですが
とはいえ、卒業してからの数年間、本当に苦労しましたし、これをデメリットと言わずして何と言えるでしょうか。

現役の灘校生の皆さんもお気を付けください。
落ちこぼれへの恐怖
みんな優秀なのですぐに落ちこぼれる!
最後に挙げるのは、有名かもしれませんがやっぱり「落ちこぼれやすい問題」です。
灘校の生徒は小学校時代、地域の塾や学校で「大体負けなし」だった神童ばかりです。常にクラスのトップ、模試のランキングの1ページ目常連だった子たちが集まります。
しかし、そんな天才たちが一堂に会すれば、そこには必然的に「新しい順位」が生まれます。
つまり、かつて神童だった誰かが、必ず「最下位」や「下位グループ」に属さなければならなくなるのです。
これは、それまで挫折を知らずに育ってきた10代前半の少年たちにとって、想像を絶する精神的苦痛です。
自分がアイデンティティとしていた「勉強ができる」という盾が、一瞬で粉砕されるわけですから。

僕は浜学園卒だったので、上がいるという状況にもそれなりに慣れていましたが、小さい塾で頭がよかったから入れたみたいな人にとっては結構な衝撃でしょう。
よく言われている通り灘校は基本的に自由放任主義であり、宿題でがんじがらめにされることもなければ、「勉強しろ」と尻を叩かれることもありません。
そのため、多くの生徒は自主的に(あるいは親に入れられて)鉄緑会などの塾に通い、自己学習を進めます。
一方で学校の授業の進度も早く、かと言って丁寧な指導というわけでもないので、ちょっとでも勉強に躓いたりなまけたりしていると…
文字通り一瞬で落ちこぼれます。
具体的にどれくらい一瞬かと言えば、中学1年生1学期の中間テストで数学が平均点+20点だった僕が期末テストで平均点-20点になるくらい一瞬です。

しかも、そこからはいあがるのは至難の業で、僕は中学3年生まで追試の常連となっていました。
先ほども書きましたが重要な、そして貴重な青春時代を、「自分は周りに比べて落ちこぼれだ」という劣等感と恐怖に苛まれながら過ごすということは、人格形成に対してもかなり影響します。
実際に「あの6年間はただただ辛かった」と振り返る卒業生もいますし、僕自身、中学以来勉強ができると感じることは全然ありません。
幸い、僕は中学1年の夏には塾に叩き込まれたため一命をとりとめましたが、あの教育システムに馴染めなかった時のリスクは非常に高いと言えるでしょう。
逆境が力に?
ただし、これはもう一つの側面もあります。
というのも、灘で徹底的に打ちのめされ、奈落の底を味わったからこそ、そこからの「逆境をはねのける力」を身につけ、大学や社会に出てから伸びる人もたくさんいるのです。
もちろん、個人差はありますが、落ちこぼれ覚悟で挑戦すれば、その先にまた違った人生が開けることもあるということですね。
まとめ
- 周囲からの過剰な期待と、「灘なのに」というプレッシャー
- 自由すぎる環境から、一般的な社会・人間関係への順応の難しさ
- 神童たちが集まるからこそ、落ちこぼれた時のメンタル的な厳しさ
いかがでしたでしょうか。 今回はあえて「灘校を卒業するというデメリット」という、少しネガティブな側面にスポットを当ててみました。
これから受験を考えている方にとっては少し身構えてしまう内容だったかもしれませんが、学校選びや将来のキャリアを考える上での参考にしていただければ幸いです。
完璧な学校など存在しません。大事なのは、その環境のメリットとデメリットを天秤にかけ、キャラクターに合っているかどうかを見極めることだと思います。
Gemini
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それでは、また次回の記事でお会いしましょう。



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