こんにちは、画像診断医かずです。
今回は、灘校から理Ⅲ、京医以外に進んだ医師は負け組なのかという問いについて書いていきたいと思います。
ネットの掲示板やSNSを見ていると、時折「灘から理Ⅲ(東京大学理科三類)や京医(京都大学医学部)以外に進んだ医師は負け組」といった、極端な言説を目にすることがあります。

僕も理Ⅲ、京医以外に進んだ医師として悔しく思うこともありますね。
灘に入ったことも無いのに何を上から語っているんだと思わないこともないですが、実際にはどうなのか、気になる人もいることでしょう。
ということで「負け組医師」として僕の立場から書けることを書いてみたので、興味のある方はぜひ読んでみてください。
それではさっそく見ていきましょう。
灘で医学部=東京or京都
灘校から医師を目指すなら大体どちらかを目指す!
まず前提として、灘高校において「医学部を目指す」となった場合、選択肢として真っ先に挙がるのが東大理Ⅲ、あるいは京大医学部の2つです。
僕が在学していた頃の空気感で言うと、学年のなかでおおむね30位以内なら理Ⅲ、50位以内なら京医を狙える、というのがひとつの目安として語られていた記憶があります。

ちなみに僕は京医を目指していましたが、成績で言えば70位くらいでした。参考になれば幸いです。
で、上位の人達は割と医学部を目指していたので、逆に明確な目的がなく成績がいい人も、みんなが目指すという理由で自然とこの2択に吸い込まれていき、結果としてそれなりの人数が理Ⅲ・京医に進むという仕組みになっていました。
ここで誤解してほしくないのは、決して成績が上の人から順番に学校側が機械的に理Ⅲや京医に進ませるのではないということです。
毎年10人位は理Ⅲに進むので、「成績がいい人は進学実績のために全員理Ⅲを勧められるのではないか?」とか思われるかもしれませんが、実際はそんなことはありません。
例えば、学年トップクラスの成績でありながら「どうしてもやりたい物理の研究があるから」と理科一類を選ぶやつもいれば、「自分の性格的に、どうしても医師という職業は性に合わない」と京大の人間科学部を選ぶやつもいました。
偏差値・成績に縛られず自分の意志で道を決める生徒が多かった印象です。

僕自身は親の勧めで医学部を志望しました(下記事参照)。担任の先生は「そうですか。行けると思いますよ。」で終わりでした。

ただまあ、なんとなく「トップ層は理Ⅲ・京医」という目に見えない基準線もあったのは間違いないです。
同期内での扱い
カーストはないがいじられたりはする!
前提を書いたところで、ここからは「負け組医師」である僕が実際にどう感じているか書いていこうと思います。

ちなみに、僕は京医に落ちてます。京医卒だったらブログに京医卒って書いてますからね。
まず同期からの扱いですが、学生時代から何も変わりません。
まあ強いて言えば、遊びに行ったり同窓会であったりした時に「まあお前、落ちたからな!」といじられますが。

イラッとしますが、事実なので仕方ないですね。あと彼女がいない人が多いので「でもお前彼女おらんやん」で切り返してます。
ネットで噂されるような、「あいつは理Ⅲ(京医)じゃないから格が落ちる」とか「あいつとは大学が違うからもう会わない」「連絡を取らない」といった、いじめじみた陰湿なカーストや分断は一切ありません。
中高を共に過ごした思い出話に花を咲かせたり、この先医師としてどう生きるか語り合ったりできるような仲です。

大学は違っても医師という資格は同じですからね。
ただ、これはあくまで僕個人の人間関係であり、受け取り方の問題でもあるな、とは思います。
もしかすると、同期の中には「あいつは理Ⅲ・京医に行けなかった」と心のどこかで見下している人が一部にいたのかもしれませんし、逆に落ちた側がコンプレックスを抱いてしまい「見下されている」と感じて、自ら同期との連絡を絶ってしまうケースもあるのかもしれません。
ですが、少なくとも灘というコミュニティの大部分は、受験の合否ごときで人間の価値を測るようなことはしない、ということは言えるでしょう。
働いていて感じること
逆に「ミスった?」とかよく言われる!
では、大学を卒業し、いざ「医師」として社会に出てからはどうでしょうか。
社会に出て他の病院の医師と接するようになると、自己紹介やプロフィールの流れで「灘卒」であることが知れる機会があります。
その時、それなりの頻度で言われるのが「え、灘卒なのに〜大学(理Ⅲ・京医以外)なの?ちょっと受験ミスっちゃった?」というワードです。
まあ、こちらも慣れているので「ははは、そうなんですよ。色々ありまして」とか返しますし、向こうも悪気も全くないのですが。
やはり受験をよく知る医師達ほど「灘=理Ⅲ・京医」という数式が脳内に完成しているため、それ以外の大学だと「おや?」と思われてしまうわけです。
そして、そんな日常生活のデメリットはあるにしろ大したことはないのですが
理Ⅲ・京医に進めないことによる弊害
過去のブログ記事でも少し触れましたが、医師の世界には「学閥」という概念が今なお根強く残っています。

日本の医療現場、特に大学病院やその関連病院の人事・権力構造は、いまだにどこの大学出身であるかによって大きく左右されます。
幸いなことに、僕は現在、その学閥というドロドロした概念が比較的薄い環境を選んで働いているため、日々の臨床や生活で不利益を被ることはありません。
しかし、もしあなたが将来的に「どこかの病院長になって経営を頑張りたい」とか「教授になって大きな研究室を率いたい」とか考えているなら、話は変わります。
やはり理Ⅲや京医といった「旧帝」と呼ばれる大学群は強いパワーを持っており
それ以外の出身だと、特定の医局で教授の椅子を狙うのは、システム的に非常にハードルが高くなる可能性があります。

せっかく灘に行って理Ⅲや京医を目指せるなら、一浪してでも目指したほうがいいかもという話です。
僕自身、こうした医療界のドメスティックな学歴社会の構造を深く理解したのは、医師になって現場で働き始めてからのことでした。
もし、自分が高校生や浪人生の段階で、この「医師になってから気付く大学名の本当の価値や効力」を正確に知っていたとしたら……。
もしかすると、「もう1年浪人してでも、理Ⅲか京医にこだわる」という選択肢を選んでいた可能性は否定できません。
若いうちは「医者になってしまえば、大学名なんてどこも同じで実力次第だ」と思いがちですが、超保守的な医療界においては、最初に手にする大学名が、その後のキャリアを左右することがあるのです。
まとめ
- 灘校の上位層は理Ⅲや京医を目指しがちだが、あくまでみんなが勝手に目指しているだけ
- 仮に受験に失敗したとしても、灘の同期内での関係性が崩れたり、いじめられたりすることはない
- 医師の世界で出世したければ浪人してでも理Ⅲや京医に進むことが正解である可能性はある
いかがでしょうか。
受験は水物と言われるように、「あいつが落ちたの?」「あいつが受かったのか」みたいなことがよく生じます。
その一時の結果だけでそれまで築いてきた関係が変わることはありませんが、そこから先の人生が変わるかもしれないということもまた事実。
悔いなき選択をしましょう。

もちろん、もう1年やって受かる保証もありませんし、理Ⅲ・京医に進んだからといって教授になれるわけでもありません。逆もまた然りです。
この記事を読んで「これが知りたい」とか「私の周りはこうだ」といった意見があれば、ぜひコメント欄で教えていただけると嬉しいです。
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それではまた次回。


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